#116 彼の巡礼の年

1
いまさらながら、村上春樹色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』という小説をよんだ。古本屋でのんびり。
2
寓話として読むなら、これは20年後の『ノルウェイの森』。
ものをつくるという営みを都会でつづけ、日常の繰り返しに少し疲れてしまった「つくる君」。
こういう人は実在する。
たとえば、こないだドイツ文化会館で会った、新潟出身、東北大修士(コンピュータ・サイエンス)、今は諏訪、東京、ロンドンを点々としてデジタルカメラのプログラムを作ってる38歳独身のKさん。彼によく似ている。
3
名古屋という舞台設定は、たぶん実はどうでもいい。新潟でも仙台でもいい。
色彩のない郊外というのは日本じゅう、いや海に浮かぶ陸地にできた町のどこにでもあって、そこに人をとどめる力が、名古屋は他の町よりやや強い。
4
「あの若いときの完璧に調和した居場所は、どうして急に消えてしまったのか?」という謎を抱えて、彼は旅に出る。
あちこち出かけて、「それぞれ新しい居場所を見つけたのさ。見つけられなかった人は消えてしまった」という答えを得る。
やがて彼も自らの居場所を見つけようと動きはじめた。
5
それは巡礼だったのか?
巡礼というからには、彼の旅にはある種の宗教的な信念があることになる。
過去の村上作品から類推すると、それは「個人的な体験からつねに何かを学びとり、それを実践すること」なのだろう。
それは宗教的な信念になりうるか?