アンダーワールド。

朝になってDon DeLilloの小説が通販で届いたので読みながら珈琲を淹れて、買い込んであった食材から中華風の食い物を適当に作り、ひたすら部屋の中で過ごす。
夕方になって外出しようと思ったのだが外が暑かったので本屋で『課長島耕作』を読んで、メルヘンチックな気持ちになろうとする。
90年代前半までに社会に出た世代の思考回路が、まったく理解できないので、何かの足しになればと思い、読みはじめたのだが、まだよくわからない。
「時代の流れに沿うこと」「一方で小市民的に悪ぶってみること」への憧れが強いのかなぁ。
それから水泳をして、夜になって鰻屋をのぞいたら終わっていたので、おいしいトンカツ屋へ行ったら、前に来たときよりさらにうまい気がして、生きていてよかったなぁとおもった。
それから、若い男が女を連れて入ってきて、男のほうは典型的な「東京でベンチャー新人がんばってます」的な20代のおにいちゃんで、女は男と同世代で整ってはいるものの少しワガママそうな顔立ちで、秋の足音がせまりくる金曜の夜に、はてさて、どんなふうに口説くのか、ミラン・クンデラの小説にありそうな展開があるか!?とそれとなく聞いていたら、話の展開が面白いくらい簡単に読めて、それも「次は女の子の友人がアジア旅行に行く話が出るぞ!」と思ったらその瞬間にその話が出る、という具合で、思わずニヤニヤしてしまう。
とはいえ、ある話に対して複数ある切り返し方のうち「それはNGだよ」という方へ男の話が毎回ながれてしまうから、彼の先ゆきを案ずると同時に、何だか僕のほうが話はうまいなぁ、少なくとも「名店」と店主が自認する料理店で女の子が他の店の話をはじめたら、さっと話題を変えてあげなきゃだぞぉ、なんてことを思いつつ、人と話す機会があまりないので、こうしたティップスへの信頼度は自分の中で低い。家路について、残務整理的な作業をつづけるも、数理統計の学習は遅々として進まず、あぁ俺は何やってんだろう、と小一時間悩み、声優のWEBラジオを聴いて寝る、という平凡な夏の日が終わる。都市対抗野球とか見たいんだけどな・・・

近頃「この人には今恋人がいるか・いないか」を性別不問で1回会ったり写真を見たりしただけでわかるようになる、というのが隠れたマイブームで、その特徴は、何となくわかってはきたものの、まだ言語化のレベルには達していない。

基本的に僕の場合、自分の純粋理性とか実践理性とか判断力とか、そういうものについて、人よりかなり劣っているという意識をもっているので、なんというか、人前に出るのが恥ずかしくて仕方ないから、こういうことばっか考えちゃうんだろうな。